思い出のうた
2024/09/12
ふ、とした瞬間に言いたい事を思いつく事もあれば、その瞬間に【言の葉】が遠く離れていくことがあります。家族はその【瞬間】が起こると、ひと時の会話を止め、その【瞬間】が訪れた本人に注目します。会話は閑話休題とはならず、本筋があやふやとなります。
父が家族と言葉のやり取りをしている中で「あれ、あれ何やったやろ、」と少し大きな声で困った顔表情をしました。どうやら会話の途中で【固有名詞】が頭の奥に行き出て来なくなったようです。
「あぁ、あれね」と会話の流れで直感的に把握した私は一人で納得したように頷きます。母は私の顔を見て「あれか、」と確認し頷き、祖母は「何や、」と会話の流れが途中で止まったことに歯がゆい顔をして聞いてきます。そんな祖母に何故会話が止まったのかと、父が困っている様子を伝えます。
「あぁ」と祖母はほっとし落ち着いた表情に戻りました。「お祖母ちゃんは分かったの、」と聞くと「あれやろ、」と今話題に上がっている【固有名詞】を何事もないように発そうとしたのを、「あぁぁあ、だめだめ」と慌てて母と二人で大声で遮ります。
「お父さん【名前】が出てこなくなったんだって」と祖母に遮った理由を伝えると、またも「あぁ」と納得し、こちらに合わせてくれました。
「うぅん」「えぇぇ」と唸っている父を「思い出してごらん」と私と母は歌うように応援します。ともすれば、面白がっている節もちらほらあります。
今回は父でしたが、誰かしら何かしらの言葉の出だしに躓くと面映ゆくなる事があります。そんな時は家族皆で思い出すのを待つようにしています。そして毎回のように小さな頃によく歌った【童謡の一節】をまず声掛けの一段とするのです。
気もそぞろな父に「【固有名詞】の頭文字の一語いる、」と最初に答えが分かった私が楽しそうに聞きます。「あぁ、うぅん、ちょっと待って」とどうにか自力で辿り着きたい父は、考え込んでしまいます。最初に会話していた話題のことなど、どこへやらです。
母は会話はお終いと言うように次の作業へ取り掛かりますし、祖母は私と父の会話を何となく、と見守ります。勝手に盛り上がっているの私だけ、でした。
その後【頭文字】やいろいろな示唆をしますが、なかなか【固有名詞】は引っ張り出されません。父は「もう、おしまいや」とこの世の終わりのような言を発します。【名前】が頭の中から出て来てくれないので辟易しているようでした。
あまりにも時を掛けて父を苦しめてきたな、と思い「じゃぁ、答えね」と発そうとした途端、「あ、分かった。」と今までじっと目を瞑って思考を巡らせていた父が突然大きな声で、答えとなる【固有名詞】を言うので、「えぇ、答え言いたかったのに」と何故か私が理不尽で身勝手な歯がゆさを持つのでした。
「思い出してごらん」が始まると会話は本筋から逸れていくのです。