からりと、回る
2025/03/20
ある日のこと、「鉛筆の削り方が分からなくなった、瀞愁」と呼ばれました。祖母は記憶が遠くなったり、曖昧にいきがちな言動がこの頃ちらほらと多く現れます。作業をしていた私は「ちょっと待ってて」と祖母の言葉を反芻し意味を考えながら傍らへ向かいます。
見せてくれたのは数年前に購入し、愛用していた【鉛筆削り】と折れた色鉛筆です。
祖母が【鉛筆削り】をカラカラと空回りさせる音を聞きながら、祖母は鉛筆の削り方を忘れたわけではないのだと確認します。色鉛筆は差し込まれているのに柄は空を切るだけで削られていきません。
「購入したお店で聞かんなんかな、」「そのお店では売っているだけだから修理は無理じゃないかな、」などと話しながら、ちらりと思い返します。
作業をする時は台の端に佇んでいた【鉛筆削り】も熱中しだすと広げた作業台を大いに使用する祖母は、ごく稀にそれを落としてしまう時があるので、近頃では作業台の下に置いていました。
頭の中で「落としたことに関係があるのでは、」と思いもしましたが、懸命に原因を追っている祖母に確証がないことは言えません。
傍らで交互に【鉛筆削り】の差込口や、中の金属部品を吟味します。動きずらそうに少しずつは削れるのですが、肝心の芯のところで空回りします。二人とも頭を抱えてしまいました。
「芯が中に詰まってしまったのかな、」と、トントンと【鉛筆削り】の頭部を叩きながら出てこないか試してみますが、返答はありませんでした。
【鉛筆削り】の外側をトントン、トントンと打ちながら「解体せんなんかな、」「危ないよ」「取扱説明書、どこやったかな、」と二人で問答していると、ころりと【削り滓】が落ちました。
削られるかもしれないと再び挑みますが途中でカラリ、とまた空を回ります。「あきらめられない」と祖母の一言。探しても【取り扱い説明書】は見つけられなかったので、文明の利器に頼ります。
すると、空回りしている原因と解決方法が記載されていました。「お祖母ちゃん、直るかもしれないよ」と高まった声で祖母を呼びます。【手回しの鉛筆削り】は思いの外簡単に分解する事が出来ました。「ほら、ここに芯が詰まっているよ」と見せますが、じっくり眺めても「見えん」の一言。
空回りの原因となっていた【芯】を取り外し元に戻します。「これで使えるよ、削ってみて」と渡します。鉛筆を差し込み口に入れ回します。しっかりとした手応えで削れていきます。二人とも「削れた、良かった」と燥ぎました。
この一連の流れは、この文章のように長い時が掛かりました。その分祖母は大いに喜び「ありがとな、瀞愁」と購入した日が書かれてある【鉛筆削り】の側部を撫でます。
復活した【鉛筆削り】を喜色満面に回している祖母を見、懸念した物事が好ましい結果になり心の底から安心するのでした。